歌舞伎俳優・市川海老蔵、セイコーの時計師・齋藤勝雄。 「匠×匠」対談~技があり、継承があり、さらには、夢を描く。

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技を極めることに生涯をかける人たち……その技の継承の歴史により、数々の美しきものが日本には存在している。市川團十郎の大名跡をついに受け継ぐ市川海老蔵。現代の名工である盛岡セイコー工業の時計師・齋藤勝雄。異なる分野で活躍する匠が邂逅した。夏の盛りの8月初旬、市川海老蔵さんは、市川ぼたんさん、堀越勸玄くんとともに親子で岩手県雫石にある盛岡セイコー工業「グランドセイコースタジオ 雫石」(以下GSSS)を訪問。セイコーグループのアンバサダーを務める海老蔵さんが見た、世界のトップを走り続ける時計ブランドの革新、そして歌舞伎の未来とは。話は、日本を代表する建築家が手掛けたGSSSから始まった。

市川海老蔵(以下、市川)隈 研吾さんが設計されたGSSSや植樹をいたしましたビオトープなど、ここにある施設は短期的な見通しではなく、長期的な視点で考えられているように思います。その展望がまず素晴らしいですね。こちらで時計を作る齋藤さんも、ここに携わっている方も、長期的な視点で「技の継承」に専念ができます。先を見通す重要性という点で、歌舞伎の継承と通じるものがあると思います。継承とひと言にいってしまうと単純なようですが、今はすごく難しい時代に直面しています。父や祖父の時代、ひいては戦後の歌舞伎俳優が身をおいていた時代とは明らかに違う。私の父は、早くに師である父、私にとっての祖父を亡くしています。直接技を継承するということは少なかった。そういう経緯もあり、父は私にとても早い段階で受け継がせようとしました。ですから市川家の演目である歌舞伎十八番や新歌舞伎十八番をはじめ、父からすべてを渡してもらいました。今までならば、私もそれを息子の勸玄にパスすればいい。しかしコロナ禍という祖父や父が直面してこなかった事態が起こり、シンプルな話ではなくなってしまいました。(歌舞伎の)芸の継承という一面だけでなく、新しい時代に向けた新しい一面も構築していかなければいけなくなったと私は思っています。

齋藤勝雄(以下、齋藤)このあたりは、かつて地域全体が森に覆われていたようですが、開発が進み盛岡セイコーのある場所が昔からの森が残された希少な場所だったそうです。木々に囲まれた自然豊かな場所で、精密な腕時計をつくれるということ自体、本当に素晴らしいことだと自分でも思います。またこの地域の人間性が、時計というものづくりに合っていたように私は思います。真面目で勤勉という県民性があり、その個性は精密機器を作る上ではとても相性がいい。環境と人の双方の点で、恵まれた場所なのではないでしょうか。

市川)確かに、自然環境の豊かさは、齋藤さんのような職人の方々がモノづくりをする上でとても恵まれていると感じました。GSSSで隈 研吾さんは時を刻むさまを意匠で表現されているそうですが、この建物や今回新たに生まれたビオトープなど、自然との共生も含めたものづくりにきちんと向き合っているのが伝わってきました。

親子代々に受け継がれる歌舞伎、そして腕時計

「初代、ものすごくかっこいいですね」。と市川海老蔵さんが口にしたのは歌舞伎の役者のことではなく、機械式時計のことだ。グランドセイコーの製造過程の説明を受ける際に、ショーケースに展示された初代モデルの腕時計を見てのひと言である。匠たちの手によって精巧に作り上げられる機械式時計は、親から子へと代々受け継ぐオーナーも多い。今回は、その生産拠点である岩手県の盛岡セイコー工業内にあるGSSSを市川ぼたんさん、堀越勸玄くんとともに訪ね、そこを取り囲む敷地内の森を巡り、新設されたばかりのビオトープ「わくわくトープ」では親子3人で植樹式も行った。

市川海老蔵、腕時計の組み立て体験で何を感じたか!?

齋藤)私が組立をしております68系ムーブメントは、半世紀以上も作られつづけているセイコーのクレドールという非常に薄型の時計に使用されています。セイコーにはいわゆる師弟制度のようなものがあり、技術者が後輩へ技を一対一で継承していくのですが、私は68系ムーブメントを組立てる技を継承しているということになります。高い技術を必要とするムーブメントづくりが途切れることなく続けられているのは、かつて購入したお客さま、またその腕時計を受け継ぐ方にとって、安心要素のひとつではないでしょうか。またそれは長い目で見れば会社の信用や、さらには成長に繋がると考えています。そして一対一での技術の継承は、人を育てるということにも関わってくると思います。

2017年に「卓越した技能者(現代の名工)」を受賞した時計師の齋藤勝雄さん。20年に渡り、ここ雫石で機械式時計のムーブメントの組立・調整に携わっている。今回、市川海老蔵親子3人での組立体験でも自らレクチャーを行った。組立体験の前に説明があったのだが、海老蔵さんは「ここは重要」と自ら説明映像を録画するほど熱が入っていた。
市川)部品の一つ一つが美しく、組立てるのもたいへん楽しいものでしたが、作業の器用さでは麗禾(=市川ぼたん)と勸玄に完敗でしたね。

齋藤)私も、麗禾さんと勸玄くんの集中力には驚きました。とても細かく忍耐力を必要とする作業ですから、子どもはすぐ飽きてしまうものなんです。それが、お二人は実に集中していましたよね。やはりこれは、普段のお稽古の賜物なのでしょうか?

市川)そうですね。稽古ではいかに集中するかが大切ですから、あのくらいの時間を集中するのは、うちでは当たり前なんです。一カ月の舞台をやるのは、子どもにとっては精神的にも肉体的にも本当にたいへんなことですが、それをやりきっている。忍耐力はあるでしょうね。彼らは人に見られる怖さ、楽しさ、自分がやっている辛さ苦しさを知っています。そういう会話はすごくしますから、理解していると思いますね。
齋藤)本当にお上手で驚きました。海老蔵さんも含めて三人が想像以上にのみこみが早く、予定よりも多くの作業に進むことができました。今回は組立てていくことで時計が動き出すさまをご覧いただきましたが、長年にわたって組立をしていますが、ひとつとして同じ瞬間はありません。私は、機械式時計は生き物だと思っています。ムーブメントが動き出すさまには生命が宿って鼓動がなり始めるような感覚があり、初めて機械式時計の製造現場を見た時に、「これは生き物だ」と思いました。生き物って、個々に個性があり、すべてが違いますよね。時計も、実はそうなのです。毎回同じことをやっているように見えますが、毎回違いますよ。ですから、ひとつたりとも同じ腕時計はないんです。

市川)ひとつとして、ですか!? その違いは、どんなところから感じるんですか?

齋藤)100分の1ミリの違いを指先で感じるんです。私が組んでいる時計は世界でもトップクラスの薄型で、ムーブメントは2ミリを切る薄さですから、部品自体も非常に薄い。それを作るだけでも熟練の技術が必要で、そうとうな技を持つ技術者が手掛けていますが、部品の製造過程でかすかに曲がってしまう事もあります。その部品に合わせて、その時計だけの組み方や調整をするのです。ですから、ひとつの時計に行う調整は、そのときだけのものです。こういうものが来た、では、どうするか。作業の基本をきちんと頭に入れながら、はて、これはどういう調整が必要かと考えるわけです。調整は100分の1ミリ単位になりますから、計量器では測れないような世界です。それを手の感覚で受け止めることができて、初めて時計を作ることができる。ですから、仕上げた時計も全く同じになるわけではありません。どこまで自分の思い描くとおりに仕上げていくか、たいへんなところですね。突き詰めれば、誤差をゼロ秒にしたいです。

匠と匠。両者の共通点は、技を繋ぎ夢を描く情熱

市川)同じものはない、ということでいうと、役者も共通することがあります。役者への評価というのは、ひとつの指針では判断できません。役者のジャッジの要素はさまざまです。それが集客能力なのか、お客さまからの評価なのか。評価は、それぞれの好みが出ますよね。ですから、先代を超えたなどと表現されますが、「超えた超えない」などはない。それは周りが言っているだけであって、上辺のことだと個人的には感じます。技とは「超えた超えない」ではなく、繋げることであり、その厳しさが全てだと思います。
齋藤)時計の世界も技を繋いでいくことが大変重要です。世代を超える腕時計をつくっていますから、「代がわりして、残念なものになったね」と言われるわけにはいかない。ですから妥協は許されませんし、自分ができることをやり切るしかない。これは、師匠から教わったことです。グランドセイコーしかりクレドールしかり、世界中に数ある腕時計のなかで、これをと一本選んでくださったお客さまのために失礼はできません。

市川)齋藤さんのお話を拝聴していて思うのは、やりたいからやっているという情熱です。そういう人は尊敬できます。齋藤さんには、誤差ゼロ秒の時計を作る機会がおそらく訪れると私は思います。そういう夢をもっていらっしゃることが、今の時代にとても重要ですよね。歌舞伎の裏方さんたちも職人の技を持っています。たとえば床山さんが、「こういうかつらをつくりたい」といった夢を話されたりします。もしかしたらかつらひとつは、誰も注意して見ていないかもしれません。しかしこういうのを作りたいという情熱と信念があるならば、それを作ればいい。日本の良さって、そういうところではないでしょうか。技があって継承されて、そのなかにさらに夢を描く。齋藤さんもそういう方ですから、楽しみですね。そして、GSSSやビオトープといったこの場が、今後どう活用されていくのかも興味深いです。
市川海老蔵(いちかわ・えびぞう)
歌舞伎俳優。1985年父・十二代目市川團十郎襲名披露興行にて、七代目市川新之助を襲名。2004年、十一代目市川海老蔵を襲名。同年、パリのシャイヨ宮劇場での襲名披露興行も。2007年にはパリ・オペラ座にて父とともに歌舞伎公演を成功させる。昨年の東京五輪開会式で歌舞伎十八番『暫』を披露。今年11月には、十三代目市川團十郎白猿を襲名する。

齋藤勝雄(さいとう・かつお)
時計師、現代の名工。盛岡セイコー工業技能育成塾所属。2008年時計技能競技全国大会第一部門で優勝。2017年に「卓越した技能者(現代の名工)」を受章する。現在はクレドールの機械式ムーブメントを担当しながら、後進の育成も力を入れている。技術を磨き、技術の継承に尽力する日本を代表する時計師。

問/セイコーウオッチお客様相談室 0120-061-012
www.seikowatches.com

Photograph:Masanori Akao(whiteSTOUT)
Text:Toshie Tanaka(KIMITERASU)

セイコー プレザージュ 十三代目市川團十郎襲名記念限定モデル
伝統を重んじ、新しい価値を創造する両者の想いを宿す限定モデルが11月7日(月)に発売される。ダイヤルカラーの柿色は、市川家伝来の演目「暫」で纏う素襖(すおう)の色から取られた日本の伝統色。機械式時計のムーブメントを見ることができる裏蓋には、シリアルナンバーが入る。左/三針モデル(SARX101)12万1000円、右/多針モデル(SARW063)13万7500円。それぞれ限定2000本(うち国内は300本)。

<セイコー プレザージュ>十三代目市川團十郎襲名記念限定モデル特設ページ
https://www.seikowatches.com/jp-ja/products/presage/special/kabuki/index

「AERA STYLE MAGAZINE WEB(https://asm.asahi.com/)より転載」