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七宝ダイヤル施釉師 戸谷 航

七つの宝石ほど美しい焼き物、
七宝とは

金や銀、銅など、金属製の生地にガラス質の釉薬(絵の具)を盛り上げ、摂氏800度前後の高温で焼成したものです。古墳時代末期の牽牛子古墳の棺金具をはじめ、奈良時代の正倉院御物「黄金瑠璃鈿背十二稜鏡」、平安時代の宇治平等院鳳凰堂扉金具、これら現存する日本最古の七宝は、シルクロードを伝わった交易の伝来品、あるいは一部の渡来人の技術によってもたらされたといわれています。
七宝は、仏教典にある「七つの宝石」が語源で、法華経では、その美しさを七つの宝物(金、銀、瑠璃、シャコ貝、マイエ、真珠)に例え、「七宝焼」は七つの宝石ほど美しい焼き物であることから桃山時代前後に付けられた名称とされています。

クレドールの七宝ダイヤルを製造する安藤七宝店は、明治35年のロシア万博で名誉大賞受賞、明治39年のミラノ万博でグランプリ受賞、大正6年には昭和天皇ご成婚の七宝時計を製作するなど、世界的にも高い評価を得ている、創業136年尾張七宝の老舗店です。工場をかまえる本拠地・名古屋と銀座に店舗を持ち、今もなお、時代を超えて広く愛され続けています。

七宝ダイヤル施釉師
戸谷 航

1985年(昭和60年)愛知県生まれ。幼い頃からものづくりが好きだったことから、焼き物の製造法を教える愛知県立瀬戸窯業高校に入学。卒業後は安藤七宝店に就職し、今日にわたって「釉薬差し」という尾張七宝の最大の特徴であり、重要な工程を担う施釉師としての道を邁進しています。

花瓶をはじめ、一般的な七宝製品の厚みが約1.0~1.5mmであるところ、クレドールの七宝ダイヤルは、わずか0.3mm。その極めて小さな世界の中に、独特の奥行きと深みのあるグラデーションを精緻に施すことができる唯一無二の職人です。

お客様のために「昨日より良いものを作る。」 七宝ダイヤル施釉師 戸谷 航氏 インタビュー

施釉師のお仕事をはじめられたのはいつ頃からですか?

高校卒業後、すぐ安藤七宝店に入社したので、今年で13年になります。最初のきっかけは、高校2年生の時の職場体験でした。インターンシップ生として、初めて七宝に触れたのですが、「これは面白い!この仕事は、自分に向いているかもしれない」と思いまして。続けられるのなら、ぜひ続けさせていただきたいという一心でした。
私を含めて同期が3人いるのですが、ひとりは「素地作り」、もうひとりは「銀線つけ」、私が「釉薬差し」と、めざす専門分野がたまたま違っていて、きれいに分かれたんですね。今も彼らと、そして指導してくださった先輩方とともに従事する毎日を過ごしています。

特に難しい部分やご苦労される点などはありますか?

クレドールの七宝ダイヤルについては、まず気泡でした。一般的な七宝製品には、鉛の入った釉薬を使うのですが、セイコーの腕時計には、たとえ肌に直接触れても大丈夫なように鉛を含まない「無鉛釉薬」を使用しています。これは、通常のものより気泡が入りやすいんです。気泡がない方がやはりきれいに仕上がりますし、品質管理の面でも、肉眼で見える大きさでは許容されないので、顕微鏡で見て、気泡を見つけたら、工具で削って、埋めて、また焼いて…と修正作業を行うことが多くあります。

ほかにご苦労される点はありますか?

形ですね。七宝は真っ平らにするのが難しいといいますか、焼きあがった時は平らに見えても、完全に冷めていく間に、ちょっと動いていたりするんです。その“ちょっと”が、わりと多くて。焼成だけではどうにもできない場合は、研磨工程で苦労してもらうこともあります。研磨からまた戻ってきて、焼き直して…この繰り返しが、一番苦心していることかもしれません。

そのような大変な作業を続けている中で、1日に何枚くらい生産できるのですか?

分業体制ですが、クレドールのダイヤルは、全工程を含めると、頑張っても2枚くらいになるでしょうか。研磨のみですと、1日に2~3枚、彩色は、1日に3~4枚です。

思い出に残るエピソードがあれば、教えてください。

平日は、朝9時から18時まで工房で作業を行っていますが、休日にはスーツに着替えて、安藤七宝店 名古屋本店に出勤することもあるんですね。接客したお客様が、たまたま自分の作った製品をお買い上げくださったことが何度かあって、やはりすごく嬉しかったです。
そういう時は、お帰りになられたあとに、ひとりでひっそりと喜びを噛みしめています(笑)。

今後の目標はなんでしょう?

「昨日より良いものを今日作る。今日よりいいものを明日作る」という気持ちで製作に取り組むことです。大きな目標として掲げられるものではないのですが、これを忘れなければ、この先もずっと良いものが作れると思っています。作り手としてのごく個人的な意見になりますが、完成品を見たときに、思いもよらない発見があったりするのが面白いところであり、七宝の魅力だったりします。それを手にとってくださる方たちと少しでも共有できるとしたら、職人冥利に尽きます。