SEIKO

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ウオッチデザイナー 酒井 清隆

セイコー プロスペックス
歴代モデルにオマージュを捧げる
「復刻デザイン」と「現代デザイン」
とは?

ダイビングやトレッキングなど、スポーツやアウトドアシーンに対応する本格機能を備えたスポーツウオッチを展開するセイコー プロスペックス。その中でもブランドを象徴するダイバーズウオッチは、1965年に国産初の本格ダイバーズウオッチとして誕生して以来、1968年当時、世界最高水準を誇った10振動ハイビートムーブメントを搭載した300m空気潜水モデルをはじめ、独自の画期的な技術を次々に開発・搭載したモデルを世に送り出し、深海の未知なる世界に挑戦するプロフェッショナルダイバーや冒険家から、高い評価と信頼を寄せられてきた。それと同時に、セイコーが技術開発の基準にしてきた性能規格は、JIS(日本工業規格)やISO(国際標準化機構)など、現在のダイバーズウオッチの公的な規格のベースとなり、パイオニアとして不動の地位を確立し、今も世界をリードし続けている。

セイコー プロスペックスでは、1965年発売の国産初のダイバーズウオッチを筆頭に、その礎を築いたエポックメーキングな歴代モデルにオマージュを捧げるべく、「原点回帰」をテーマにしたモデルの開発を、2017年にスタート。現代のテクノロジーを駆使しながら、オリジナルモデルを忠実にデザイン復刻することに主眼を置いた「復刻デザイン」と、オリジナルモデルの機能性やデザインを踏襲しつつ、現代的なアレンジを加え、汎用性と実用性を向上させることを目指す「現代デザイン」の2つを柱として展開している。

ウオッチデザイナー
酒井 清隆

2012年、セイコーウオッチに入社。海外モデルのデザインを手掛けたのち、国内の主要ブランドのデザインに従事。2018年6月発売の「1968 メカニカルダイバーズ 現代デザイン」を担当。

現代に受け継がれたセイコーダイバーズのDNA ウオッチデザイナー 酒井 清隆 インタビュー

2018年6月、1968年の発売当時、世界最高水準の10振動ハイビート300m空気潜水モデルの50周年を記念して、「1968 メカニカルダイバーズ 復刻デザイン」と「1968 メカニカルダイバーズ 現代デザイン」が新たに誕生した。その魅力を探るべく、ウオッチデザイナーの酒井清隆に話を聞いた。

セイコー ダイバーズウオッチ技術革新の原点
1968年発表のメカニカルダイバーズウオッチ

2018年6月、「1968 メカニカルダイバーズ」の誕生50周年を記念して、復刻デザインと現代デザインが発売されました。まずは、1968年に発表されたオリジナルモデルの特徴について、教えてください。

1965年に国産初のダイバーズウオッチを発売してからわずか3年後、1968年に発表したメカニカルダイバーズは、防水性能を300mまでアップさせ、当時としては、世界最高水準の高精度を実現した10振動ハイビートムーブメントを裏ぶたのないワンピースケースに搭載した画期的なモデルです。

国産腕時計として、初めて耐水圧300mを実現した1967年発売モデルのワンピースケースを踏襲し、高い水圧にも耐え得るハードレックスガラスや、それまでの全箇所棒型のインデックスに代わって、より判読性の高い「丸」と「四角」の2種類の図形をインデックスに採用したほか、従来、3時位置にあったりゅうずを4時位置に配置することで、潜水作業中に手の甲に当たらないようにするなど、より本格的なダイバーズ仕様を実現しています。

このモデルは、防水性をはじめ、視認性や耐久性など、プロフェッショナルツールとしてのダイバーズウオッチにとって不可欠な性能を高めるために、セイコーの技術者たちが一丸となって、さまざまな技術開発にチャレンジし、それらを可能なかぎり体現したものです。特許について本格的に検討し始めたのも、ダイバーズウオッチにおいては、このモデルが初めてでした。そして、当時培われたそれらの技術の数々は、現代へと続くダイバーズウオッチ技術革新の礎になっています。言い換えれば、このモデルが存在しなければ、その後のダイバーズウオッチの発展はなかったと言えるほど、極めて重要な、まさに「原点」と呼ぶにふさわしいモデルのひとつです。

1970年には冒険家の植村直己氏と松浦輝夫氏が、エベレスト登頂にこのモデルを携行し、極限の環境条件にも耐えうる高い堅牢性と信頼性が実証されました。

「1968 メカニカルダイバーズ 復刻デザイン(SBEX007)」では、オリジナルモデルのデザインがみごとに再現されていますね。デザイン開発はどのように進められたのですか?

「1968 メカニカルダイバーズ 復刻デザイン」は、現代の技術を盛り込みながら、オリジナルモデルをできるかぎり忠実にデザイン復刻したモデルです。このモデルをデザインするにあたって、1968年当時のデザイナーや設計者の方にインタビューしたり、手書きの図面なども捜索し、現物をさまざまな角度から分析しました。それらの声や文献を調べていくうちに、1968年当時製作された方々のさまざまな挑戦と情熱の結晶から、ひとつのデザインが生まれているのだと実感しました。その想いを現代に継承するためにも「1968 メカニカルダイバーズ 復刻デザイン」をデザインしようと考えました。

デザイン復刻にあたっては、現代の技術を惜しみなく投入しています。気密性・水密性に優れた独自開発のL字型ガラスパッキンを採用し、300mの空気潜水仕様から、300mの飽和潜水仕様へとスペックアップさせながら、ザラツ研磨を駆使することによって、シャープで重厚感のあるワンピースケースを再現しています。かん先に至るまで鏡面仕上げを施したことで、オリジナルモデルの広いテーパー面を再現したタフで美しい仕上がりになっています。ケースの裏面も、もちろんオリジナルモデルを踏襲したフラット仕上げなので、大きさを感じさせない優れた装着感を実現しています。

ピラミッド状のパターンが刻まれた、セイコー初のオリジナルデザインのストラップは強化シリコンに、ガラスも、より硬度に優れ、傷がつきにくいサファイアガラスに変更するなど、大幅な素材革新を行いました。

さらにケースには、すり傷や小傷から腕時計本来の美しい輝きや仕上げを守るために、「ダイヤシールド」というセイコー独自の表面加工技術を施してあり、現代の高級機にふさわしい外装と耐久性を実現しています。

デザインを復刻するうえで、他にこだわったのはどのような点ですか?

クラシカルで視認性が高く、なおかつ独特の立体感を持つインデックスは、1968年当時、そのひとつずつをダイヤルに植えていく手法で作っていました。しかし、潜水中に何かにぶつかったり、落下した際の衝撃などで取れてしまえば、命に関わる危険性が否めないため、信頼性、安全性を第一に追求するプロフェッショナルモデルとして、パーツが外れる危険性のない構造が必要とされます。

そこで、復刻デザインのダイヤルでは、一枚の板を裏面から叩いてインデックスを作る「エンボス加工」というプレス加工によって、ダイヤルとインデックスを一体成形させ、オリジナルモデルの立体感を忠実に再現しています。また、丸型インデックスの表面に目を凝らして見てみるとレコード盤のような、円周状の筋目模様が入っているのですが、これも、一つひとつダイヤルの向きを変えて上面に仕上げ分けの加工法を駆使することで、オリジナルモデルにならって再現することができました。製作にとても手間が掛かっているので、現物はかなり見ごたえがある仕上がりになっています。

正4時位置のりゅうずも、忠実に再現されていますね。

りゅうずの位置を再現するために、その角度にも忠実にこだわっています。それに準じて、搭載するムーブメントもこのモデルのためだけの仕様を新たに開発しました。オリジナルモデルにならって、外部からの衝撃があっても精度への影響を受けにくい毎時36,000回(毎秒10振動)という高速振動により、安定した精度を実現するダイバーズウオッチ専用のメカニカルムーブメント「キャリバー8L55」が搭載されています。「キャリバー8L55」は、高級機械式時計を一貫して製造する雫石高級時計工房で、高度な技術を持つ組立師が、ひとつずつ手作業で組立調整、精度調整を行っています。

また、ダイバーズウオッチのベゼルは、ダイビングでの潜水時間は空気残量によって管理するため、ベゼル上での経過時間が実際の潜水時間よりも短くならないように、反時計回りにしか回転しない構造になっています。復刻デザインの逆回転防止ベゼルは、さらに精度を上げるために、オリジナルモデルのボール式に代わって、120分割のクリックばね式というばねを使った機構で再現しています。デザインのみならず、当時発案された操作性の良さを受け継ぎながら、防水性や耐久性、強度などの面でスペックアップを図り、現代のダイバーに最適な仕様にしています。

セイコー ダイバーズウオッチの魅力が細部に宿る
よりモダンに、スマートに進化した、現代デザイン

「1968 メカニカルダイバーズ 現代デザイン(SBDC061、SBDC063)」について、教えてください。

「1968 メカニカルダイバーズ 現代デザイン」は、4時位置に配置したりゅうずをはじめ、オリジナルモデルの遺伝子を受け継ぎながら、現代的なアレンジを加えて、チューンアップしたモデルです。踏襲するべき部分と、進化させる部分のバランスに細心の注意を払いながら、王道感のある新しさを目指して、デザイン開発にあたりました。SBDC061とSBDC063の2つのモデルは、いずれもオリジナルモデルのシャープで力強いデザインを踏襲しつつ、スリムなベゼルやモダンな時分針を採用することで、スマートなイメージの外装と快適なつけ心地を兼ね備えた200m空気潜水用防水モデルです。

時針は、セイコー プロスペックスの1000m飽和潜水用ダイバーズウオッチなどにも使われている矢印型の針を採用し、より視認性を高めました。ステンレススチールケースには、前述の復刻デザインと同様に、すり傷や小傷から腕時計を守るセイコー独自の表面加工技術「ダイヤシールド」を施してあります。

SBDC061にはメタルブレスレットが採用されています。その理由は何だったのですか?

オリジナルモデルが、ラバーストラップを採用しているのに対し、現代デザインのひとつであるSBDC061は、本格的なダイビングに加え、日常のビジネスシーンからカジュアルシーンまで、さまざまな場面でオールラウンドに対応できるデザインを目指したモデルであるがゆえに、ケースやベゼルと同様に、ブレスレットにも、より汎用性が高いステンレススチールを採用しました。

その一方、SBDC063は、オリジナルモデルのラバーストラップ仕様を踏襲しつつ、強化シリコンへとストラップの素材をグレードアップすることで、耐久性に配慮しました。

オリジナルモデルのエッセンスを活かしながら、現代デザインではどのようなポイントを進化させたのですか?

ケースサイドの稜線に流れるようなカーブをもたせた表斜面と裏斜面で構成されたオリジナルモデルにならって、現代デザインでは、特徴的な表斜面を広めに残すことをひとつの軸として、開発を進めていきました。ケースのサイズを微妙に小さくしてみたり、ケース側面にもう一斜面を加えて密度感を高めるなど、最適なバランスを見出すために、さまざまな趣向を凝らしました。オリジナルモデルで具現化している二面構成の良さを活かしつつ、オリジナルよりスリムでつけ心地の良い最良のバランスを追求しました。

また、バンドを取りつけるかん足の穴を、表側から見えないように裏斜面に配置するなど、ケースの全体的な形状しかり、細かい部分の仕様においてもさまざまな配慮をしています。

なお、裏ぶたには、防水性や気密性に優れたスクリューバックを採用しています。ケースの裏斜面を薄く作ったことで、腕なじみが良く、快適なつけ心地を実現しました。現代デザインはオリジナルデザインをベースに、設計上変えても良い事と、守らなければならない事の制約のギリギリを攻めてデザインしています。

現代デザインを開発するうえで、他にどのような点にこだわりましたか?

「キャリバー6R15」を搭載した現代デザインは、ビジネスやカジュアルシーンまで使用可能なように、より薄く、スマートなイメージの外装を実現することをひとつの目標として作ったものです。それゆえ、細部には、かなりの創意工夫を凝らしました。例えば、オリジナルモデルのガラスは、上面がカーブの形状をしていますが、現代デザインでは、フラットな形状を採用し、それによって、縁の形状もより薄く見えるという仕上がりになっています。また、かん足の内側斜面は、0.01mm単位の切削を行うことで、極限まで無駄のない、よりスマートな趣を成しています。

ケースデザインにおいて、ケースサイドの表斜面を広めに残すために、トライ・アンド・エラーを繰り返しましたが、このミラー面を活かしたことによって、ケースが、実際のサイズよりもひと回りほど小さく見えるという効果も得られました。これは、ミラー面が光をひろって、周りの景色と溶け込んでいくからです。ケースサイズは、りゅうずを除いて44.0mmと、実際のサイズとしては大きめなのですが、腕につけると、むしろ、その大きさは気にならないほど、シャープでスリムに仕上がっています。

あと、かなり細かいところになりますが、12時、6時、9時位置に配したインデックスは、オリジナルモデルの直線的なラインに、少しテーパーをつけることで、ケースサイドのゆるやかな稜線との一体感をもたせています。

デザイン開発において苦心したのは、どのような点でしたか?

開発の過程においては、ケースの形状についても試行錯誤しましたが、今回、最も苦心したひとつに、ダイヤルやインデックスなどのサイズ調整があります。デザイン画をもとに、12時、6時、9時位置のインデックスとその他のインデックス、そして、3時位置のカレンダー枠に、それぞれ異なるプレス加工を施すための型を起こして試作を作っていくのですが、光の反射などの関係で、想定したよりも、ひと回りほど小さく仕上がってくるんですね。0.01~0.02mmの微細な差なのですが、ダイヤルのサイズに修正を加えれば加えるほど、それに準じて、インデックスやカレンダー枠などのディテールにも、修正が必要になってきます。最適なバランスを探し当てるまでには、幾度となく、細かい検証と調整を重ねる必要がありました。

本作に先立って、2017年に発売された「1965 メカニカルダイバーズ 現代デザイン(SBDC051、SBDC053)」。デザインの特徴は、どんなところにありますか?

SBDC051、SBDC053のいずれも、1965年に発売された国産初のダイバーズウオッチのシャープでマットな印象を受け継ぎながら、ケースのサイドラインに鏡面を入れることによって、上質な質感を高めたり、オリジナルモデルよりひと回りサイズを大きくするなど、随所に現代的なアレンジを加えた200m空気潜水用防水モデルです。時間軸的には「1968 メカニカルダイバーズ」よりも昔に出たモデルの現代デザインなので、ディテールを見ていくと、デザインの系譜が分かるのが面白い点です。りゅうずの位置は3時にありますし、インデックスもすべて、棒型で構成されています。また、ベゼル形状も薄さを強調した形をしています。国産ダイバーズウオッチの黎明期ということもあって、プリミティブで力強いシンプルさを持つのがこのモデルの特徴ですね。現代的にアレンジはされていますが、当時の荒々しさを残しつつ、デザインがとても潔くて新鮮に感じます。

ダイバーズウオッチをデザインすることの醍醐味は何ですか?

ダイバーズウオッチは、プロフェッショナルダイバーや冒険家をはじめ、過酷な環境に挑戦する人々にとって、時として、命を繋ぐアイテムにもなる最強のパートナー的存在です。デザインするうえで、防水性や視認性など、さまざまに満たすべき条件がありますが、いちデザイナーとしては、そのシビアな世界にチャレンジできることこそが、喜びでもあります。今回、ダイバーズウオッチのデザインを初めて手掛けたのですが、デザインするというよりは、自身の中では、「必要とする方のための道具を作る」という感覚が強くありました。また、偶然にもこのような企画に携わることができ、大変嬉しく思います。先人たちの創意工夫や挑戦の上に今のダイバーウオッチがあり、脈々と受け継がれていることを知り、多くのことを学ばせてもらいました。これからも、初心を忘れずに、邁進していきたいと思います。