SEIKO

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雫石高級時計工房 組立師
伊藤 勉

メカニカルハイビート36000
「キャリバー9S85」とは

機械式時計の心臓部とも呼べるムーブメント。10振動とは、時計の精度を決める最重要パーツのてんぷが、1秒間に10回振動することから、10振動と呼ばれています。一般的な機械式の時計は高級なものでも、5~8振動ですが、振動数を早くすることで外的要因の影響を受けづらくなり、携帯精度(着用中の精度)のばらつきを抑え、安定的に正確な時を刻むことができます。現在、グランドセイコーに採用されている「キャリバー9S85」では10振動を実現。外乱に強く、着用中の精度変化が少ない時計をつくり出すことに成功しています。

10振動で時計が動くということは、部品同士のぶつかる回数も増えるので、部品の耐久性の向上が必要となります。この「キャリバー9S85」は、独自の開発により進化した「ひげぜんまい」、「MEMS」によって製造された「がんぎ車」や「アンクル」、レーザー変位計で位置を割り出し、加工することによって、究極のバランス取りが行われるてん輪など、最新技術によって部品が作られています。

しかしながら、スイスクロノメーター規格よりも厳格な基準を設けているグランドセイコー規格をクリアするには、熟練の時計士達の、わずか0.001mmの世界を凝視する鋭い眼差しと、ハイテクを凌駕する指先の感覚による調整が必要です。こうして出来上がった「キャリバー9S85」は、究極ともいえる高い精度と信頼性はもちろん、クラフトマンシップの感じられる美しい仕上がりを両立しています。

グランドセイコーのノウハウや最新技術と、職人による匠の技の結晶が「キャリバー9S85」であり、マニュファクチュールであることの証なのです。

MEMSとは?

Micro Electro Mechanical Systemの略で、半導体など超精密部品に用いられている最先端の加工技術です。従来の金属を、プレス・切削・研磨加工する方法と全く異なる、フォトリソグラフィ(写真の感光、現像に似た方法)で作られた型に、めっきを厚く積層させ成形する技術です。この加工方法により、切削と比べて複雑な形状が精度よく、更に、滑らかな表面仕上げが得られるようになりました。また、部品に硬い材料を選定することや、形状の工夫により軽量化することも可能となり、時計部品としての精度、耐久性も格段に向上しています。

雫石高級時計工房 組立師
伊藤 勉

1991年に入社し、才能を開花させて数々の資格検定や全国大会で頭角を現した伊藤勉氏。2000年に雫石高級時計工房へ移動してからは、「グランドセイコー」を組み立てる職人として、ひげぜんまいの調整から始まり、現在では9Sムーブメント全体の組立・調整などを手掛けています。2013年には、非常に取得の難しい「いわて機械時計士技能評価」において、最難関である「IWマイスター」に合格。その高い技術を証明しています。世界中に愛用者がいるグランドセイコーメカニカルウオッチの組立・調整師として、第一線で手腕を発揮し続けている職人です。

可能性の追求が
究極の時計を創り出す 雫石高級時計工房 組立師 伊藤 勉 インタビュー

機械式時計を組む時計士として雫石高級時計工房へ移ったのはいつ頃でしたか?

2000年ぐらいだと思います。それまで担当していたクオーツ時計のラインが移管するタイミングでしたね。入社した頃から、グランドセイコーという高品質な機械式時計があったことは知っていましたので、その頃からやってみたいと思っていましたし、実際に工房へ移動したときには誇りを感じましたね。

工房へ移った当初は何を担当されましたか?

パーツに一定量の油を注す工程を半年ぐらいやりましたね。クオーツ時計を作っていた頃とは勝手が違うので最初は苦労しました。その後はひたすら「ひげぜんまい」の調整です。これは今も続けています。

「ひげぜんまい」は、精度の要の部分ですよね?

はい。ほかのパーツの調整は時間を掛ければ大抵の人は形になるのですが、ひげぜんまいは時間を掛けようが出来る人、出来ない人が出てきます。

それぐらい大変なパートなんですね。
他にご担当されているパートはどこですか?

グランドセイコーは規格が特に厳しいことで有名です。規格にパスしなかったものは再度調整することになりますが、そこを担当しています。

その調整はかなり難しいように感じるのですが… 
やはり高い技術が必要なのですか?

もちろん、わずかな差で規格内に入らなかったものも多いので、そういう場合は簡単に直ったりします。ただし、規格に入っている中でも、進み過ぎてしまう時計などもありますから、そういったものも含めて、普段ユーザーの方が使っている状況を想定して、調整しています。

人材を育成するのも大切なお仕事だと思いますが、伊藤さんのような高い技術を持つ時計士に向いているのはどのような人材なのでしょう?

器用さはやはりあったほうが有利ですが、実際には目、特に動体視力が必要です。

動体視力、ですか?

ひげぜんまいの調整にしても、顕微鏡で動きを見ながらどこが偏心しているかを観察しなければなりませんからね。それと一つの作業でも同じことを繰り返すタイプよりも、アイデアで作業を効率化して作業を早く終わらせたり、より高品質を求めたりできる人の方が向いていると感じます。

調整作業はどのような手順で行うのですか?

てんぷ周辺や脱進機の調整、アンクルとがんぎ車の噛み合い量、あとは各部のあがき量(歯車の軸等のがたつき)ですね。特にてんぷやMEMSで作るアンクル、がんぎ車は、全体に与える影響が大きいものが多いので、バランスを詰めていったりするなどして、精度を高めていきます。

そのような技術は日々の仕事の中で培うのですか?

それもありますが、それだけでは時間が足りないというのが本音です。工房での作業は先輩方が教えてくれますが、時計学は自分で学ぶ必要があります。自分の場合は競技会や資格取得のために勉強をして、それを実際の作業にフィードバックしていく感じです。それの積み重ねでしたね。

自分の可能性を自ら引き出して行ったのですね。現在お持ちの資格を教えてください。

1級時計修理技能士といわて機械時計士のIWマイスターです。IWマイスターはチャレンジを始めて4年目の2013年に取得しました。学科は250問、実技はクロノグラフを調査してお客様に不具合を説明して、最終的に調整するという大変な内容でした。しかし、欲しかった称号でしたので、合格したときは「ようやくか」と思いましたね(笑)

難易度の高い資格と聞いていますので、伊藤さんの高い技術力が伺えますね。伊藤さんにとって機械式時計の良さってどこにあると思いますか?

電力を使っていないのに動く。巻けば動くし、1日数秒の誤差しか無いところが不思議なんです。それに手巻きの時計でしたら、毎日同じ時間に巻いてあげないと狂いが大きくなるとか、自動巻でも寝転んでいただけというような動きのない生活をしていると誤差が大きくなる。そんなようにユーザーとともに生活に密着しているかのようなクセが機械式時計にはあるんです。自分の生活リズムに合わせて息づいている感覚が愛着になり、大きな魅力にもなっているのだと思います。

目標とされている事はありますか?

まずはグランドセイコーというブランドを維持することが第一だと思っています。しかし、維持することだけを考えていてはおそらく実現できないでしょう。そのためにはより精度の高さが求められるGSスペシャル規格へのチャレンジや、昔ラインアップしていた「V.F.A.(Very Fine Adjusted)」を手掛けていた頃のクラフトマンと技術で肩を並べるところまで行きたいと思っています。

— 常に前向きなまさに“クラフトマンシップ”ですね! ありがとうございました!