#02 竹内薫|人はなぜ、138億年前の宇宙を想像できるのか|Seiko Astron × NewsPicks「スケールチェンジャーが見る世界」

#02 竹内薫 | 人はなぜ、138億年前の宇宙を想像できるのか

制作:NewsPicks Brand Design

PROLOGUE Scale Changer 02 サイエンス作家 竹内薫 この宇宙は、巨大なコンピュータのようにできている

なぜ、数式から宇宙が見えるのか

現在の科学では、宇宙は138億年前に誕生したと言われています。人はこの138億年という時間をどうやって理解したんでしょうか。

竹内まず、時間というものを考えるためには「言語」が必要です。

ある程度、数を数えられる動物もいますが、10や20になるともう区別がつかない。それに対して人間は、数学記号を使うことで、より大きな数を認識することができます。

科学者はこの数学という言語を駆使することで、138億年という時をさかのぼり、まるで見てきたかのように宇宙の誕生をイメージできるようになったのです。

もっとも、ごく最近まで宇宙はずっと同じ姿のままだと考えられていました。宇宙に年齢があるとわかったのは、20世紀に入ってから。アインシュタインやハッブルといった天才的な科学者の知識が組み合わさり、ようやく宇宙の大きさや年齢を計算できるようになりました。

特殊相対性理論の式 エネルギー(E)は、質量(m)×光速度(c)の二乗に等しいとした特殊相対性理論の式。(写真:iStock)

アインシュタインの方程式で宇宙の構造を計算すると、ズレがほとんどないんです。それなのに、方程式自体は1行で書けてしまう。詳細な数式まで含めてもノート1ページです。それで全宇宙が記述できるんですから、驚嘆するしかありません。

今年撮影されてニュースになったブラックホールも、元はアインシュタインの数式から予言されたものですよね。宇宙の構造が数学の方程式で計算できるというのは、とても不思議な感じがします。

これはいろんな物理学者が言っていることですが、数学や物理の本を読み、アインシュタインの方程式を解いて宇宙や素粒子のことを考えるようになると、あることに気づくんです。

それは、「この宇宙全体が巨大なコンピュータなのではないか」ということです。

インタビュー中の様子

138億年の宇宙の歴史は、数学を使ったシミュレーションによって少しずつ解明されてきました。とくに最近のスーパーコンピュータを使うと、非常に精密に宇宙の構造や振る舞いを計算できます。

でも、どうしてこの宇宙は、数学的にシミュレーションできるのか?

そう考えると、この宇宙全体が究極の「量子コンピュータ」になっているという世界観に、物理学者たちは到達するんです。

この宇宙、つまり我々のいる時間と空間がそもそも数学的にできているから、人間はそれを計算できる。

そうです。僕が大学院で物理学をやっていた頃は、宇宙のような大きなスケールを扱う人たちは、アインシュタインの方程式ばかりを研究していました。

一方で、量子のような極小のスケールを扱う人は、素粒子の方程式ばかり解いていた。つまり、宇宙論と素粒子論は、異なる法則に従う別の世界だと考えられていたんですね。

ところが宇宙の始まりを考えると、無から有が生まれた瞬間の宇宙は、量子よりも小さかったはずです。そこまで考え始めたときに、最小のスケールである素粒子と、最大の宇宙を一緒に説明しなければいけなくなったわけです。

宇宙の誕生 宇宙は量子よりも小さなサイズで誕生し、0.000000000000000000000000000000000001(10のマイナス36乗)秒から0.0000000000000000000000000000000001(10のマイナス34)秒の間に急激に膨張した。生まれた瞬間の極小の宇宙は、一般相対性理論とは異なる法則が働いていたと考えられている。

スマホにも、相対性理論が働いている

サイエンスには、理論と合わせて観測も欠かせませんよね。ブラックホールの撮影に成功したというニュースはどのくらいすごいことなんですか。

科学者なら、背筋がぞくぞくするほど興奮するニュースです。というのも、我々の目に見えない極小、極大の世界は、理論が先で観測は後なんです。原子も、最初の頃は理論的にはあるけれど、あまりに小さいから見ることはできないと考えられていました。

ところがテクノロジーが進化して、電子顕微鏡のような道具が発明され、最終的に原子も観察できるようになった。方程式で予言していたものが実際に見つかる瞬間は、研究上のクライマックスといえるものです。

インタビュー中の様子

宇宙の場合も同じです。宇宙の遠方は、なかなか観測が追いつかないと思われていたけれど、テクノロジーが進化するにつれて、ガンマ線やエックス線など、いろんな波長が見えるようになってきました。さらに、望遠鏡を大きくすることで非常に遠い銀河を見られるようになった。

今回のブラックホールも、それ自体は非常に小さい点のようなものなので、見ることはできないだろうと言われてきました。でも、その後、ブラックホールが周囲の物質を吸い込む際に発せられるエックス線が観測されたことにより存在が確かめられ、それから半世紀が経った今年、地上にあるたくさんの電波望遠鏡をつなげることで、穴のシルエットが見えた。

こういった探究心によって人間の世界観は広がり、我々の社会も様々な恩恵を受けています。

社会が受ける恩恵とは?

最先端の物理学理論とテクノロジーには密接な関わりがあります。たとえばGPSシステムのようなテクノロジーは、ニュートン力学だけでは成立しないのです。

具体的に言うと、地球の上空2万kmの静止軌道上にあるGPS衛星に搭載されている時計は、地上の時計と比べて1日に約38マイクロ秒ずつ進んでしまう。だからGPS衛星は、アインシュタインの相対性理論を使って時計を補正しています。

重力によって時間が遅れることや、動いている時計が遅れて見える 相対性理論は、重力によって時間が遅れることや、動いている時計が遅れて見えることを解き明かした。GPS衛星と地上の「時間のズレ」は、この理論の数式で補正されている。(写真:iStock)

マイクロ秒という単位は、日常生活であれば誤差にもならない微小なものです。でも、GPSはそれ以上に精密な時間を使って、地上の位置を測定しています。

もし補正をしなければ、GPS衛星の時計と地上の時計はどんどん時差が大きくなり、それにともなって測位される地点も、1日に10kmくらいズレてしまうんです。

それだけ大きな誤差があると、スマホの地図だって役に立ちませんよね。アインシュタインはGPSのために相対性理論を考えたわけではありませんが、僕らの日常生活も、確かに相対性理論の恩恵にあずかっているんです。

科学者が目指す究極の方程式

アインシュタインが宇宙全体に通じるような式を発見したとすると、この先、相対性理論に匹敵するような革新的な発見はあるでしょうか。

もちろんあるでしょう。大昔の人は、地球が世界のすべてだと思っていました。空には天球という天井があって、プラネタリウムのように星が貼りついていると考えていた。

でも、実は地球は宇宙の中心ではなくて、太陽の周りを回っていた。もっとスケールを広げると、太陽も銀河系のなかで動いていたし、この銀河も他の多くの銀河の一つに過ぎなかった。

そうやってスケールがどんどん広がっていくのが「相対性」という考え方です。

それに、人類はある程度の知識が蓄積されると、それを統合するような理論を生み出して、よりスケールの大きな世界を説明しようとしてきました。

アインシュタインの相対性理論も、ニュートン力学や、電磁気学に関するマクスウェルの方程式が土台としてあり、それらを融合させようとして生まれたものです。

アルベルト・アインシュタイン

現在の科学者も、さらなる統一的な理論を見つけ出したいと考えているんですか。

ええ、究極の方程式があると考えている科学者は多いと思います。

なぜかというと、ニュートン、マクスウェル、アインシュタインの方程式は、それぞれの分野で非常に高い説明能力を持っているんですね。そうすると科学者は、「この3つをすべて統合して1行で書けるような究極の方程式があるんじゃないか」と考えるわけです。

それだけでなく、「超ひも理論」などの新しい宇宙論は「マルチバース」という複数の宇宙や、我々が認識できない異次元の存在を予言しています。こういった理論を包括する数式が見つかれば、我々が認識する宇宙は、さらなるスケールへと広がるでしょう。

我々が知らない無数の宇宙があるということですか?

……と言われても、ピンと来ませんよね(笑)。

たとえばアインシュタインの方程式からは、ブラックホールや宇宙の年齢などいろんな予言が出てきましたが、解の数は限られています。それに対して超ひも理論は、一つの方程式から無数に解が出てくる。だから当初、この理論には予言能力がないと考えられました。

ところが、「超ひも理論から出てくる無数の解は、すべて存在するんじゃないか。人がまだ知らない別の宇宙を記述しているんじゃないか」と発想を転換した人がいた。

インタビュー中の様子

そうやって考えると、どうやら我々が知っているのは、この宇宙のごく一部に過ぎないぞ、と。人間が認識しているのは縦・横・高さの空間3次元と時間の1次元。でも、超ひも理論が成立するには、11次元の無数の宇宙が必要になるんです。

11次元の世界は、現在の人類が持っている記号体系や数学だけでは、おそらく記述しきれません。僕は、究極の方程式というのは、数学自体がさらにスケールアップして、まったく別のレベルに達したときに発見されるのだと思います。

そのときに必要なのは、ロジックや計算ではなく、「発想」です。人間は、頭のなかで想像力を働かせて、まず飛んでみるんですよね。そして、飛んだ先でつかんだ可能性を計算する。だから、まず発想できないと、新しい発見はできないんです。

天才とは、天に「時間」を与えられた人

統一理論をつくりだすような新しい天才が生まれるには、どんな条件が必要でしょうか。

次への土台となる知識が蓄積されていることや、才能はもちろん必要ですよね。それとは別に、僕が考える天才の絶対条件は「暇な時間があること」です。

ひま……?

ええ。アインシュタインだって、午前中だけ特許局で仕事をして、午後はずっと相対性理論を考えていました。スティーブン・ホーキングもそうですね。ホーキングはALSという病気になってしまって、体が動かなくなった。その分、頭で考える時間がたっぷりとできたんです。

こればかりは運命としか言えないんですが、天才には、神様が「時」を与えてくれるのだと思います。古代ギリシアでも、労働は奴隷がしていたから、市民は考える暇があった。だから次々と天才的な哲学者が生まれたんでしょう。

インタビュー中の様子

これからの時代はテクノロジーによって労働から解放され、たくさんの人に時間が与えられるかもしれませんね。

その可能性はありますよね。パターン化された仕事は、人工知能やAIに任せればいいので、人間はもうやらなくていい。

問題は、その時間を使って何かに熱中できるかどうか。

天才は、みんな自分が立てた問いに熱中できるんです。ニュートンやアインシュタインも、無理やり勉強させられたわけじゃない。好きだからこそ、時間があればずっと考え続けることができたんです。

インタビュー中の様子

私がフリースクールをつくって教育に携わり始めたのも、これからは暗記型の学習ではなく、「探求」が鍵になると考えたからです。いまの学校では学年順に公式を教わるのが基本になっていますが、スケールの大きい天才たちって与えられた順には学んでいないですよね。

「宇宙がどうなっているかを知りたい」という動機があったとして、小学3年生で相対性理論の本を読んだとしても、当然理解はできません。でも、探究心さえあれば、この先へ進むには微分積分が必要だ、じゃあ別の本を読んでみようというふうにつながっていく。

本来の学問は課題を出されるものではなく、自分で謎を見つけて、自分で答えを探すものなんですよ。それが、楽しいんですから。

そうやって自分が立てた問いに没頭する人のなかから、次のスケールチェンジャーが出てくるかもしれない。

そうですね。物理学で考えるスケールは大きすぎたり小さすぎたりして、ノートには描けません。でも、人間の脳はミクロの世界から138億光年の宇宙まですべてを想像できる。アインシュタインも、知識よりイマジネーションが大切だと言っています。

ただし、昔の天才たちが一生かけて発見したことを、いまの子どもがまた一生をかけて発見するだけでは先へ進めません。

科学が進歩するためには、うまく時間を圧縮して、過去の天才が10年かかった発見を1週間で学べるようにする必要がある。それが、僕がいま取り組んでいる「教育の役割」なのだと思います。

(制作:NewsPicks Brand Design 編集:宇野浩志 執筆:斎藤哲也 撮影:後藤 渉 デザイン:砂田優花)

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