【音部大輔】時代は変わる。なぜ「ブランド」は存続するのか

PROLOGUE
インターネットやSNSによって消費サイクルはどんどん短くなっている。 そのような時代に、射程の長いブランディングは可能なのか。プロフェッショナルとしてブランドマネジメントに携わってきた音部大輔氏が、時代を超えて愛されるブランドの本質を語る。
時間の精度を追求し、新しいスタンダードに挑戦し続けるセイコー アストロンが、次の時代を作る”スケールチェンジャー”の視座を紹介するインタビューシリーズ、最終回。

- INTERVIEW -

クー・マーケティングカンパニー 代表取締役 
音部大輔 

P&G、ダノン、ユニリーバ、資生堂などでマーケティング担当副社長やCMOを歴任。ビジネスの成長とブランドマネジメントを主導する。2018年より現職。国内外の企業にマーケティング組織強化などのソリューションを提供。日本マーケティング学会理事。主著に『なぜ「戦略」で差がつくのか。』(宣伝会議)、『マーケティングプロフェッショナルの視点』(日経BP)。

なにがブランドをつくるのか


── 音部さんは様々なブランドを手がけてこられましたが、モノにブランド価値が宿るのはどんな時だと考えますか。

 身も蓋もない話になりますが、私は、モノ自体に価値が宿るわけではないと考えています。
ブランド価値の源泉は、消費者が感じる「ベネフィット(便益)」。モノを使うことで、何かよいことが起こる。そこに価値があります。

── ベネフィットは、プロダクトから得られるわけではないんですか。

 プロダクトは、ベネフィットを構成する要素のひとつです。たとえば「セイコー アストロンは正確無比である」。この場合の主語は製品で、機能や技術的な特徴を述べていますよね。
それに対してベネフィットが問うのは、「正確無比だと何がよいのか」です。

 「アストロンがあれば、私は常に時間通りに行動できる」「アストロンを身に着けていると自信が持てる」。このように、正確無比な腕時計によって、私が享受するベネフィットが、ブランド価値の核になります。
プロダクトの機能が消費者にベネフィットをもたらし、ベネフィットが競合との相対的なポジショニングを決め、相対的だったポジショニングが定着すると、「エクイティ(ブランドらしさ)」となる。
ベネフィットを提供するのはプロダクトそのものだけでなく、背後にあるストーリーや個人的な体験だったりもします。それらを含めた総体が、ブランドの意味を育むのです。

※音部大輔氏が長期的なブランド形成のための定義書として考案した「ブランドホロタイプ・モデル」をもとに作成

── そういった要素を言語化し、消費者に伝えるのがブランドマネジメントの仕事なんですね。

 そうですね。ブランドマネジメントを一言で説明すると、「ブランドが有する“意味”の管理」です。
そのために、世の中にどう役立つのか、何のための商品なのかといった「パーパス(大義)」を定め、どの市場で、どんな人たちに、ブランドを届けたいのかを考える。
ブランディングとマーケティングは混同されやすいのですが、それぞれに役割が違います。この両輪がうまく回った時に、愛されるブランドができるんです。

── 音部さんは、両者の違いをどう整理していますか。

 どちらも消費者の認識に影響を与えて商品価値を高めるものですが、アプローチや役割が違います。
マーケティングの役割は「よい腕時計」の定義を変えて、新しい市場やカテゴリーを生み出すこと。
プロダクトの「よさ」は様々です。「精巧な機械式で技術の粋を集めた時計」がよいとも言えるし、「どんなハードな環境でも絶対に狂わない時計」や「高級感がありグローバルエリートにふさわしい時計」をよいとすることもできます。
その価値観を定義し直すことで、新しいニーズを生み出すのがマーケティングです。

── なるほど。ブランディングの方は?

 ブランディングが目指すのは、ベネフィットを中心とした「意味」を確立し、消費者に価値を感じてもらうこと。つまり、マーケティングが生み出したニーズに、ベネフィットで応えることです。
「アストロンは時間の精度を追求する」「GPSソーラーなどの新技術を投入し、革新に挑戦し続ける」。そうであるがゆえに、グローバルで挑戦するビジネスパーソンに共鳴し、あと押しするような「スケールチェンジ」というメッセージが出てくるわけですよね。

こういったことを発信し、プロダクトで体現し続けることがブランド体験となり、消費者のなかにブランドが形づくられていきます。
どちらも商品への深い理解が必要で、社会の課題や目指すべき方向、消費者の需要や価値観に立脚する必要がある。これが、私が取り組んできたブランドマネジメントの基本的な考え方です。


マーケットの変化にのまれないために

── 昨年来のパンデミックによって、ライフスタイルや消費行動は大きく変わりました。こうした変化は、ブランドにどう影響しますか。

先ほど、よい商品の定義を変えるのがマーケティングだと話しましたが、コロナ禍のように環境が激変することで、社会全体の価値観が変わることがあります。すると、よい商品の定義も、ビジネスサイドの意図によらず変わってしまう。
ただし、そういったマーケットの変化に、ブランドが振り回されすぎてはいけない。私はそう考えています。

── 市場が変わっても、ブランディングを変えなくていいんですか?

そもそも、ブランドを構築するには、現在のマーケットを見るだけではいけません。消費者の視点に立つことはとても大事ですが、彼らに聞けばニーズがわかるというのは幻想だと思います。
いまある市場は、誰かが過去につくった市場です。消費者に「いま何がほしいか」を聞いて答えが返ってきたとしても、それはすでに市場に出ているものだし、これからそのニーズに向けてブランドを構築しても、商品やコピーが世に出るのは2年後や3年後。
そうなると、たとえ消費者の理想を具現化できたとしても「ちょっと古い気がする」と言われます。
当然ですよね。目指したのは過去にほしかったもので、「来年の今頃、何がほしいですか」と聞かれても、答えられるわけがないんですから。

 ── マーケティングやブランディングは、今の市場や消費者だけではなく、未来を見ないといけない。

 そのとおりです。もっといえば、「自分たちは、どんな未来をつくりたいのか」を考えないといけません。
ブランドとして何を提供したいのかが先にあり、あとから消費者や市場の反応がついてきます。誰もいない砂漠に向けて商品を投下しても意味がありませんが、いま人々が集まっているところに投下すればいいわけでもない。市場や人の関心は動いているからです。

 1969年に世界初のクオーツ式腕時計「クオーツ アストロン」が発売された時、まだ同じ技術を用いたものは世界のどこにも存在しなかった。だから、正確に時を刻む腕時計としてほかには真似のできない競合優位性を獲得できたし、クオーツ式腕時計という市場が生まれたのでしょう。

でも、もうそれが意味を持つマーケットは残っていません。腕時計にクオーツが使われることが、当たり前になったからです。

音部大輔氏が着用している「Seiko Astron Revolution Line 5X series SBXC089」。1969年にセイコーが世界に先駆けて発売したクオーツ式腕時計「クオーツ アストロン」の流れを受け継ぎ、2012年、世界初のGPSソーラーウォッチとして誕生したブランドが「セイコー アストロン」。そのブランドのルーツである「絶対精度の追求」と、それを実現するための「絶え間ない進化」を体現したハイエンドモデルだ。

── 革新的だったものが、スタンダードになる。それはコモディティ化するということでもありますね。

 そうさせないために、これまで築き上げたブランドの延長線上に、新しい市場を再創造する必要があるんです。
マーケティングって、みんなでひとつの土俵に上がり、陣取り合戦をするようなイメージを持たれやすいですよね。まるで、面の取り合いをしないといけないかのような誤解があります。

「百戦百勝は、善の善なる者に非ず」などといいますが、ビジネスやマーケティングは本来、競争相手を打ち負かすものというわけではありません。
※百回戦って百回勝つのではなく、戦わずに勝つのが最善であるという孫子の言葉

平面上でみんなが真っ向勝負すると、既存の市場構造を打ち壊すだけの大量の広告費や営業力を投入したり、新しいコンセプトの製品開発を繰り返さないといけなくなったりする。
これはすぐに我慢比べのような価格競争に陥りますし、それを勝つまで続けられる企業なんて、ほんの一握りです。そもそも、消費者に価値を提供しているのかもあやしい。
もっといいやり方は、たくさんのブランドが並んだ腕時計売り場で「どれにしようか」と選んでもらうのではなく、「あの時計を買おう」と決めてから売り場へ来てもらうこと。理想的には、ライバルのいない新しい売り場を見つけることです。

── そんなことできるんですか?

 オリジナルのクオーツ アストロンが1969年の発売時にしたことは、まさにこれだと思います。
消費者が求めるベネフィットをどう規定するか。その意味づけ次第では、腕時計売り場の外に市場が広がるかもしれません。そのために、消費者がこれから向かう先、連れていきたい先の景色を、ブランドの意思として指し示す必要があります。
たとえば、ビジネスパーソンがアストロンを身に着けることで仕事に向き合う自信を得られるなら、そのベネフィットを望む消費者は、ほかのどんな商品と比較し、アストロンを選択するのか。
そう考えると、腕時計よりむしろ、ちょっといいスーツや靴、鞄などとニーズが近いかもしれません。頑張った自分へのごほうびとして、スーツにするか、腕時計にするかと考える人もいそうじゃないですか。

── たしかに。

 こうやって発想のスケールを広げると、腕時計売り場とは違った市場が見えてくるし、このアストロンを届けたい消費者像として、腕時計一般とは違うセグメントが浮かんできます。
それに、腕時計売り場ではA or Bの選択しかありませんが、スーツや鞄とアストロンが並べば、A+B、両方セットで選ばれることもあるでしょう。
このようにベネフィットをうまく定義づけてポジショニングできた場合と、同じ製品カテゴリーだけを見ている場合では、たとえ機能が同じでも、ブランド価値として大きな差が出てきます。

── 「ブランドが有する意味」が大事だというのは、そういうことですね。

 ええ。意味といっても、好き勝手に定義できるわけではありません。先にお話ししたようなブランドの諸要素によって規定されるうえ、現実的にはブランド側が想定しなかった消費者の連想によっても印象づけられていくものです。
いくらマーケターが、この腕時計を幅広いビジネスパーソンに買ってもらえるようにプランを練ったとしても、特定のユーザーグループが目につくようになると、よくも悪くも「○○向けのブランドだ」といったイメージが固定します。
ブランドの意味は、送り手が意図しない消費者の反応に影響されながら、構築されていくものです。だからこそ、誰に、どんな価値を届けたいのかを明確にして、ブランドをマネジメントすることが求められるんです。


ビジネスの合理性とブランドの普遍性

── 時代や世相によっても価値観は変容する。長く愛されるブランドをつくるのは大変ですね。


 そこが面白いところでもあります。
企業やブランドは利益を生み出さなくてはならないけれど、同時に、より長い射程で人や社会にどんな価値を提供していくのかを問い続けないといけない。
私がブランドマネジメントの矜持として目指しているのは、私が引退したあとも、手がけたブランドが社会や消費者に愛され続けることです。
時代とずれてしまったブランドは短命に終わるけれど、うまくブランドを確立できれば、人生よりもずっと長く存続させることもできます。

 ── そんなふうにブランドの射程を広げるには、どんな視点が必要でしょう。

 ひとつは、ゴールから逆算すること。私はブランドの将来を想像する時に、未来から現在を眺めることがあります。2021年をいまの延長線上ではなく「2025年の4年前」と捉えると、なんだか見え方が変わりませんか。

── がらっと変わりますね。2025年を具体的にイメージできると、もっとクリアになりそうです。

 そうでしょう。2025年にブランドがどうなっていてほしいのか。このヒントは、おそらく企業のミッションや中期経営計画などに書いてあります。それが実現するならば、今年は何が起こり、自分は何をすればいいのか。遠い未来からの逆算で近い未来を見ると、やるべきことを考えやすくなります。
とはいえ、市場予測や経営計画が意味を持つのは、せいぜい5年や10年です。100年後の社会がどうなるかは、誰にもわからない。

── となると、10年くらいがブランドマネジメントの限界でしょうか。

 どうでしょうね。世の中がどうなっているかはわからなくても、人の欲求やベネフィットのなかには、100年や1000年では変わらない普遍的なものがあります。
そこに立脚したブランドは、確実に成功するとは言えないとしても、大きく外すことはない。それに、程度の差はあれ、社会や消費者に受け入れられるブランドパーパスには、一定の普遍性が必要です。

── たとえば、社会貢献やサステイナビリティみたいな?

 結果的にはそうなることも多いのですが、必ずしも一般的なソーシャルグッドが目的ではないんですよね。
ブランドが提供しているベネフィットによって、どのような世界をつくりたいのか。つまりブランドの存在意義が、パーパスです。それを実現させ、企業がブランドを存続させるには、ちゃんと営利を追求しなければならないことは言うまでもありません。
とくに昨今では消費者中心主義というと、利益よりも社会正義を優先しているかのように語られることがありますが、私はそこに大きな勘違いがあるんじゃないかと思っていて。

── 「CSR(企業の社会的責任)」という言葉の印象も強いです。

 責任という捉え方もできますが、なぜ企業やブランドが顧客を第一に考えるかというと、それが長期的なスケールで、いちばん「営利につながるから」だろうと私は考えます。
ビジネスにおけるソーシャルグッドも、奉仕活動というより、長期的に利益を出し続け、存続し続けるために必要なことなのでしょう。もっとも簡単にブランドを確立し、できるだけ長く安定した利益を出そうとすれば、消費者を中心に考えたり、社会に価値を還元したりすることを避けられないはずです。
同様に、ブランドが短期的な流行に流されず、一貫したメッセージを発することも営利を追求するうえで合理的なんです。なぜかというと、ブランドは、一つひとつのプロダクトや発信するメッセージが、消費者の記憶に蓄積して定着するものだから。
ブランドマネジメントが正しく行われていれば、マーケティングやPRは一過性の「コスト」ではなく、消費者との間に蓄積される「資産」になります。

── 「セイコー アストロン」のブランド資産って何だと思いますか。

 それは私の本業ですから、生半可なことは言いにくい。もっと議論が必要です(笑)。
ただ、すでに存在しているブランドであれば、その歴史を見ることは定石です。「1969年にセイコーが発売した世界初のクオーツ式腕時計」。これは、日本らしいイノベーションを体現した、重要なブランド資産ですよね。プロダクトとしても、その姿勢を受け継いでいるわけですから。
そして、ユーザー、とくにロイヤルユーザーがどのような理由でアストロンを愛用しているのか、その経緯や気持ちをよく知りたいところです。
そのうえで、歴史をストレートに伝えるだけでは懐古趣味に見えてしまうので、いまの時代に向けてどう解釈し、発信するかがポイントです。同時に、ロイヤルユーザーの愛着をどのように表現するかにも工夫がいるでしょう。
腕時計のようにバリエーションが広いカテゴリーで、ブランドへの関与をうながすのはとても難しい。でも、このブランドが有する意味を然るべき相手に届けることができれば、その姿勢をリスペクトし、ベネフィットを感じる方はたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。
ユーザーがブランドにどのように参加し、どのような関係を持っているか。それを観察することで、ブランドマネジメントのヒントが見つかると思います。

(制作:NewsPicks Brand Design 編集・執筆:宇野浩志 撮影:森カズシゲ デザイン:月森恭助 セールス:佐久間亮輔)


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