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Culture 使われてこそ輝きを増し文化となる。有田焼の地で考える伝統工芸と「時計の未来」Culture 使われてこそ輝きを増し文化となる。有田焼の地で考える伝統工芸と「時計の未来」

使われてこそ輝きを増し文化となる。有田焼の地で考える伝統工芸と「時計の未来」
【ロバート キャンベル+橋口博之対談】

2011年にセイコーウオッチより誕生したブランド「Presage(プレザージュ)」は、100年を超える腕時計づくりの伝統を継承しながら、日本特有の美意識を世界に向けて発信し続けています。

セイコー プレザージュには、ダイヤルに日本の伝統工芸の技法を取り入れることで「Made in Japan」の誇りと匠の想いを宿らせた腕時計があります。「時計を文化の域に高め、継承する」という思想のもと、時代が変化し続けるなかでも人々の暮らしに寄り添い続けてきた「腕時計」と「伝統工芸」を後世へ伝え、職人技の光るラインアップを展開しています。

今回取り上げるのは、シリーズのひとつである「有田焼モデル」。日本初の磁器として400年以上前から愛されてきた有田焼をダイヤルに取り入れたモデルです。

写真 セイコー プレザージュ

「セイコー プレザージュ」

前回につづき今回も、日本文学研究者のロバート キャンベルさんが腕時計と伝統工芸の共通点を探るべく、佐賀県有田町にある190年以上の歴史をもつ老舗窯元「しん窯」を訪ねました。そこで「伝統工芸士」の国家資格を持ち、「セイコー プレザージュ」有田焼ダイヤルモデルの監修者でもある橋口博之さんと、有田焼と時計に通じる共通点を紐解きながら、それらが暮らしにもたらす価値や未来へ残す意義についての対談を行いました。

400年以上の歴史が凝縮された「有田焼」

―― 有田焼は日本最古の歴史を持つ磁器ですが、キャンベルさんはどのような印象をお持ちでしょうか?

写真 左から、橋口博之さん ロバート キャンベルさん

ロバート キャンベル(以下、キャンベル):有田は貿易の窓口であった長崎に近い土地柄、古くから外国の文化が流入する地域でした。さまざまな文化が融合する中で生まれ、のちに西洋にも広まって400年もの長い間人々に愛されてきたやきものだからこそ、国際的な歴史が有田焼のディテールに現れていると思います。

たとえば橋口さんが製作したこちらの器も、用途でいえば和皿のジャンルにあたりますが、脚のついたデザインがほのかに「洋」を感じさせますよね。そうした融合は有田焼ならではだと感じますし、日本列島の文化がそこに凝縮されているようで心惹かれます。

写真 キャンベルさんが橋口さんの作品を手に持っている様子

橋口博之(以下、橋口):そう言っていただけると嬉しいです。私もどこかに気品を感じさせるものでありたいと意識しながらものづくりを行っているのですが、伝統工芸ならではの力強さを醸しながら、凛とした佇まいをどう作るか。形状だけでなく、素地の色味を作る調合、焼成、そして絵付け。それぞれの段階で細かな手を加えながらバランスを探っています。

キャンベル:絵付けはまさに有田焼ならではの魅力ですよね。華やかな絵柄が多いイメージでしたが、今回実際にしん窯を訪ねてみると、素朴でささやかな自然物をモチーフにした絵柄に惹かれました。

橋口:私は自然の草花をモチーフに描くことが好きなんですが、元々有田焼は石と水から作られ、風で乾かし、火で焼き上げられたんです。このように自然に近いものづくりだからこそ、「有田焼は宇宙全体のものづくりなんだ」と当社の代表は話しています。そのため、絵付けのモチーフも自然の草花をあるがままに描くことが有田焼の性質に合っているように感じています。

写真 橋口さんが絵付けを担当した「ゴスのすはだ」

橋口さんが絵付けを担当した「ゴスのすはだ」

キャンベル:有田焼は表現できる幅が本当に広い工芸ですね。素材となる陶石の配合から成形、絵付けまで、さまざまな技巧を組み合わせると、作れないものはないんじゃないかなと思います。

橋口:はい。私も今回「セイコー プレザージュ」の製作に関わり、改めて有田焼でできることの幅広さに気づきました。有田焼は華やかな絵付けから、かつては海外の貴族に愛用される高級食器でしたが、一方でずっと変わらずに民芸品としての顔も持ち続けている器でもあります。私は作り手として、それが今も人々に愛される日用のものであるところに魅力を感じますし、そういう意味では「日々身に着ける腕時計に取り入れる」という取り組みには共感を覚えました。

写真 橋口さんの作品と並ぶ「セイコー プレザージュ」(有田焼モデル)

「セイコー プレザージュ」(有田焼モデル)

―― ちなみに、有田焼モデルの依頼を受けた当初、しん窯さんは「これは難しい」と感じられたそうですね。その後、挑戦を決めて製品を生み出すまでにどんな経緯があったのでしょうか?

橋口:何より難しく感じていたのは「強度」でした。半永久的に使い続けられる時計のダイヤルには高い強度が求められ、それに見合う磁器を作ることにハードルを感じていたんです。その同時期に、県内の窯業に関する研究開発などを行う「佐賀県窯業技術センター」で開発されたのが、従来の磁器より4倍以上の強度を持つ『最強磁器』。

「これを使えば時計として耐え得るダイヤルが作れるかもしれない!」と強く思いましたし、そうした革新的な発明を受けて自分たちも挑戦してみようというモチベーションも高まったんです。

写真 佐賀県窯業技術センター

佐賀県窯業技術センター

ただ、いざやってみると完成までの道のりは険しくて.....。有田焼は焼成温度が1300度と陶磁器の中でも特に高く、焼くことで磁器に収縮が起きます。そのため、これだけ薄い時計のダイヤルを変形せずに焼き上げることが一番の難儀でした。はじめはダイヤルが花びらのように反ってしまったので、鋳込み型の成形や焼成の仕方を変えながら何度も試行錯誤を繰り返し、ようやくダイヤルに使える高精度な磁器が作れるようになりましたね。

時計も工芸も使い続ける中に発見の美がある

―― 実際に苦労の連続だった製作背景を知ってみて、キャンベルさんの中で「セイコー プレザージュ」の第一印象と、現時点での印象に変化はありますか?

キャンベル:改めてこのダイヤルが作られたのは革新なのだと感じますね。第一印象をお話すると、はじめて有田焼モデルを手にとった時、このダイヤル部分を見て 「ぬめり」 という表現が浮かびました。温かさとも言えますが、均質に作られていながらどこか見る角度によって異なる輝きを見せるような。

写真 左から、橋口さん、キャンベルさん

他にも、どこか時計のガラス越しに「絹」に近いような光沢を感じとれたことが印象的だったのですが、そうした有田焼らしさを表す上では、一体どのような工夫をなされたのでしょうか?

橋口:特にこだわったのは、有田焼の原点でもある「白」の出し方ですね。そもそも、有田焼の白は真っ白ではありません。有田は「陶石」から磁器を量産している世界的にも稀有な磁器産地ですが、天然原料である陶石には、僅かな鉄分が含まれており、本焼成後、有田焼らしい青みを持った白色になります。

写真 泉山陶石

「泉山陶石(いずみやまとうせき)」。泉山陶石は17世紀の初頭に海外から技術が導入されると同時に国内で初めて発見され、ここから日本の磁器文化が始まったとされている

キャンベル:なるほど。ちなみに、今回のセイコー プレザージュにおいて橋口さんが投じたいと考えたのはどんな「白」だったのでしょうか?

橋口:時計というものの原点に立ち考えた時に、「使われる上で輝く白」をのせたいと思ったんです。たとえば有田焼の食器でいうならば、それは単体ではなく、料理をのせることで完成するもの。つまりここにどんな料理をのせたいか頭の中にイメージできるような白こそ、理想的な白であると捉えています。

時計においても、まずはダイヤルの素地をキャンパスとして、そこに「時刻表示が美しく映えるような白」でありたいと。そうした輝きを感じていただくために、あえてダイヤルにわずかな凹凸を作ったこともひとつの工夫です。それにより光の当たり方に変化が生まれ、有田焼らしい輝きをダイヤルの中で見せることが可能になりました。

写真 セイコー プレザージュ

この時計も自然光に当ててみるとよくわかるのですが、凹凸にわずかにたまる釉薬の厚みの差で、見る角度によって少しずつ光り方が違うんです。職人としては、それを「時計の個性」だと感じています。もちろん時計は均一に作られた製品ですが、私たち職人にとってはやはりひとつひとつが唯一無二のもの。愛情を込めて作っているものなので、そこにはやはり個性が宿るように思えます。

キャンベル:一見均一に美しく作られたものの中にも、作り手の温もりという差異が込められているんですね。それこそ伝統工芸の魅力であると感じますし、それが時計にも宿っているんだと思うと、なんだか感動してしまいました。

ちなみに今回の訪問では、有田焼が地元の小学校で給食用食器として使われていることを知って驚きました。従来の学校給食ではアルミやプラスチックの食器が当たり前ですが、それが磁器になると、食べることの意味合いも変わってきます。手に伝わる重み、質感、床に落としたら割れるかもしれないという緊張感。その物理的な感覚は「食」という行為を大事に扱う意識にもつながるはずで、まさにこれが「食育」なんだと感じました。

写真 「しん窯」で製作されている器

「しん窯」で製作されている器

橋口:現代では食事は効率的にと、ワンプレートで済ませるような流れもあります。ただ、私たちが有田焼を通じて伝えたいのはそれとは相反する「食べること」の豊かさなんです。たとえばこの器にオムレツをのせたいと心動くことであり、お皿に盛った料理の華やかさを楽しむような気持ちですね。

キャンベル:そう考えると、有田焼は「食べる」という文化を継承する存在でもあるんですね。それはどこか時計にも通じるものがあると思っていて。私は日々、腕時計を身につけているのですが、スマートフォンで確認する時間と時計で確認する時間はやはり厚みが違います。

前者は確かに便利ですが、そこで確認する時間とはあくまで表面的な情報。対して針の動きで時刻を表示するアナログ時計で見る時間は、たとえば待ち合わせまでに「あと何分あるか......」と時の幅が目に見えます。それは時間を体感することでもあり、時という概念をより物理的に捉えられる行為に共通点を感じました。

時は人を動かすきっかけであり、人と人をつなげる概念。セイコーウオッチは「時計は時の文化を作るもの」だと伝えていますが、時計と有田焼の共通点からも改めて今回のコラボレーションの意義を感じましたね。

橋口:ものづくりをする身としては、あえて手間をかけ、時間をかけることに発見の美があるのではないかと考えていて。そのことを実際に使いながら体感していただけるとこんなに嬉しいことはないですね。

写真 橋口さん

長く続いてきた有田焼の伝統を守りながら「革新」に挑む

―― 有田焼は『呉須(ごす)』と呼ばれる絵付けの絵具を作る人から器の製造、仕上げに関わる人まで多くの職人の仕事によって成り立つ産業です。おふたりは多くの人が関わり続ける産業を今後どう守り、育てていくべきだと思いますか?

橋口:高齢化と若手職人の減少は私たちも直面している課題ですし、市場も年々縮小しています。業界を活性化するためには、やはりまずは「使われる」ものを作り続けることが重要だと考えています。給食食器の話もそうですが、有田焼の伝統である日用の器らしさをより追求し、若い世代にも魅力を伝え続けていくことが伝統を守ることにつながるのではないでしょうか。

写真 「しん窯」工房内の様子

「しん窯」工房内の様子

キャンベル:同時に「産業を育てる」という意味では、最強磁器のような革新が生まれる環境を作り続けることも大切ですよね。佐賀県窯業技術センターを見学して感心したのは、有田で窯業に従事するさまざまなプレーヤーが集い、研究や試作を行ったり、新しい技術を試す場となったりしていることです。

実際に、佐賀県窯業技術センターでは3D-CADとNC切削機を駆使したモデルの開発やアーティストを招聘した作品なども展示されていました。既存の技術を生かしながら、有田焼をリブランディングするような新しい試みが始まっており、あの場所が作り手のモチベーションを上げるきっかけのひとつになっているのは素晴らしいと思います。

橋口:業界の新陳代謝を活発にさせるためには、この産業を牽引するような新たなものづくりの機運を高めることも必要だと思います。私は「セイコー プレザージュ」への挑戦で何が一番変わったかといえば、「職人の機運」だと思っています。難しい課題に挑戦し、達成した経験。それが世の中に広く認知され評価を受けたことは、業界のモチベーションを確実に底上げしました。

それに、私自身も今回の試みを機にこれまでの日用食器からまた一歩踏み出したアート作品など、新たなものづくりを始めていきたいと考えています。職人が自分たちの作品にプライドを持ち、それを高めていけるような業界であってほしいですね。それからこの有田焼モデルの話でいうならば、絵付けをする身として「いつか時計のダイヤルにも絵を描いてみたい」という夢があります。

キャンベル:素晴らしい野望ですね。今回、有田焼のさまざまな作品を拝見して、ひとつの新しい技術から生まれた発明が再び新たな発明を生むような、相互作用の機運が高まっていることに可能性を感じました。

「最強磁器」という革新がこの「セイコー プレザージュ」のきっかけになったように、小さなダイヤルから始まった革新も次の未来への大きな一歩になるはずだと。橋口さんのお話を聞いていたらそう確信しましたし、有田焼の未来が楽しみになりました。

写真 左から、橋口さん、キャンベルさん

取材を終えて

400年にわたる長い歴史の中で海外とのつながりを持ちながら、新しい挑戦を続ける有田焼。それはまさに時計の歩みにも通じていて、「セイコー プレザージュ」における二者の交わりの必然性を感じました。

有田焼ダイヤルの輝きに感じるのは、積み重ねられてきた時の豊かさ。それを腕時計として身につけることは「時」という文化を繋いでいくことと同義なのかもしれません。

ライター:瀬谷薫子
カメラマン:番正しおり
編集:株式会社Huuuu

ロバート キャンベルさん

ロバート キャンベルさん

日本文学研究者。アメリカ合衆国・ニューヨーク市生まれ。早稲田大学特命教授。早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)顧問。せんだいメディアテーク館長。近世・近代日本文学を専門とし、とくに19世紀(江戸後期~明治前半)の漢文学と、それに繋がる文芸ジャンル、芸術、メディア、思想などに関心を寄せている。テレビでニュース・コメンテーター等をつとめる一方、新聞雑誌連載、書評、ラジオ番組企画・出演など、さまざまなメディアで活躍する。

橋口 博之さん

橋口 博之さん

有田焼の伝統工芸士。1983年に「しん窯」へ入社し、現在は専務取締役。1996年に伊万里・有田焼伝統工芸士(下絵付部門)の認定を取得する。現在は東京での作陶展を行いながら、現代の暮らしに寄り添う器を作り続けている。

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